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 [旅行]

私が20代後半の頃です。
都落ちして地元の会社に就職
あまり大きな会社ではありませんでしたが業種的には私に合っていて、同僚にも恵まれ結構楽しく仕事をしておりました。
しかしながら小売業で急成長してた会社だったせいか辞めて行く者入社してくる者、従業員の出入りは激しく1年もしないうちベテランと呼ばれ、責任者にされてしまうという始末。
まあ、早い話が人が居着かないわけです。
仕事はメチャ忙しかったですが別に待遇が悪いわけでもなく、特別人使いが荒いというわけでもなく、今思うと忙しすぎた会社だったのでしょう。
男も女も様々な人が入れ替わり立ち替わり入社してくるわけですが、その中で特に仲が良くなった人たちがますい。
KさんとEさんとMさん、Aさんですで、もちろん実名は出せません(笑)。
KさんとEさんとMさんは女性、Aさんは男性です。
一番の思い出は夏、会社に嘘を言ってみんなで保養所へ泊まりに行ったことでしょうか。
当時会社が従業員の福利厚生の一環として避暑地のマンションの一室を保養所として所得しました(人が居着かないのを解消するためだったらしい?)。
早速その避暑地のマンションに泊まりに行こうと計画を立てたのです。
しかしながら男女5人で一緒に避暑地へ行くなどと本当のことを言うと、間違いなく変な噂を立てられる。
これは秘密裏に行おうということになりました。
そこでKさんが友人と泊まることにして、我々は同じ日に休みを入れることにしました。
怪しまれないよう、休みを申請する日をわざとずらして休みを入れていきました。
あくまでも保養所に泊まるのはKさんと友人であって、我々はKさんと偶然休みが重なっただけだよと言いたかったわけです(笑)。
散歩したり、夜遅くまで話をしたり、キッチン料理を作って食べたりして、夏の避暑地は涼しく爽やかで楽しかったです。
その後も3〜5人で一緒に遊びに行ったり、Kさん家に泊まりに行ったり、KさんとEさんと一緒に美容院に行ったりしてました。
面白いのはMさんは小柄ですが、女性であるKさんとEさんは背が高く2人とも175cm前後あり、私やAさんの方が背が低くて変な5人組でした。
周りからはどう見られていたのでしょうか?。
隠していたつもりでしたが、あの5人は異常に仲がいいと噂になっていたらしいことを後で知りました。
やっぱりこういうことはわかってしまうんですね。
途中でAさんは会社とうまくいかなくなり退社、Eさんは父親の転勤で家族と一緒に千葉方面へ。
まだ10代だったMさんを除き、他の4人にそれぞれ恋心があったのかなかったのか?。
たぶん、微妙にあったのだと思います。
私はKさんもEさんも好きでしたが、特にKさんには特別な感情を抱いていたようです。
Kさんって姉御肌で、ちょっキツい表情は宝塚の男役みたいな感じでした。
以前に女友達から、「へえ!、○○○○ちゃんって、キツい顔の人が好きなんだね」と言われたことがあるんですが、その時はどういうことかわからず?。
Kさんのことがあって初めて女友達の言ったことが理解できました。

その後、私は自分の店を開くことになり退社。
Kさんも退社。
Kさんはお見合いしたけど破談したと、後で本人から聞きました。
Eさんも数年後に退社したと聞いています。
Aさんは時々私の店に顔を出してくれましたが、その後は誰とも会っていません。
今会ったらどうでしょうか?。
もうみんないい歳ですからね(笑)。
みんなで顔見合わせて笑っちゃうかもしれません。

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歳を取ったから余計思うんでしょうね、避暑地で過ごした日々をもう一度と・・・。

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実は私、Kさんに告白したんです。
ベゴニア.jpg
(ベゴニア)

でも、戸惑っているようで、なんか微妙な感じで・・・。
なんとなく会い難い雰囲気になってしまいました。
たぶん、その時、もっと積極的にアプローチをしていれば。
おそらくは・・・。
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暑い夏 [旅行]

私の居住する北関東北西部は例によって今日もめちゃくちゃ暑いです!。
近年は毎年猛暑日が続出し、全国的にも群馬館林や埼玉熊谷が1位2位を争って有名になっております。
では、昭和時代、20世紀はどうだったのでしょうか?。
二酸化炭素の影響で温暖化が進んでいると言われておりますし、20世紀の方が少しは涼しかったのでしょうか?。
私は昭和30年代の生まれですので当然知っています、実際生きてきましたから(笑)。
あくまで私の主観ですが、20世紀も今と同じでやっぱり夏は凄く暑かったと思います。
地球温暖化が叫ばれておりますが。トランプ大統領(笑)だけでなく、学者や専門家には異論もあるようです。
人間の所業程度では地球の気温は変えられず、むしろ徐々に寒冷化しているそうです。
そもそも今は氷河期であり、間氷期とよばれる比較的温暖な時期で、また氷河期がくると主張する人もおります。
もちろん温暖化してるのか寒冷化しているのか、素人の私にはまったくわかりませんが。

で、昭和時代の夏ですが。
70年代高校3年生だった私は卒業旅行と称し、夏休み広島県の三次(みよし)市という所に各駅停車のみを使った旅行に行きました。
当時新幹線は岡山までだったか、博多までだったか記憶にないですが。今と違って長距離の鈍行がたくさん走っていたようです。
旅行は2泊7日?という、2泊のユースホステル以外は駅寝(当時の国鉄は駅寝にまだ寛容でした)という強行スケジュールでした。
友人がテレビを見て思いつき。目的は広島県三次市にドイツ人のやっているたこ焼き屋があるらしいから、是非行って見ようという馬鹿馬鹿しいものでした。
もっともそれは単なる友人の口実で、実は鉄道ファンだった友人が鉄道一筆書き切符を作りたく企てた計画だったらしいです。
満足に鉄道の切符すら買えない私は、うまく乗せられ付き合わされたようです。
三次市は広島県北部の中心都市らしいですが、街の規模はそれほど大きくなく小都市という感じでした。
さほど大きくない街を駅前から商店街からくまなく探し、さらに郊外にまで足を伸ばす。
しかも汗をダラダラ流しながら、自販機を見つける度に炭酸飲料を飲まねばいられないほどの猛暑!。
しかしながら、ドイツ人のたこ焼き屋などどこにもない!。
「どこにもないじゃないか!」「本当にテレビで見たのか!」
私は友人をなじったように記憶しています。

せっかく広島に来たのだからと平和公園での式典に出席しようとしたものの起きられず、着いた時には既に終わっていて椅子を片付けている最中。
結果は、超寝不足と猛暑に参った1週間でした

1970年代三次駅ホーム
三次駅.png

たぶん三次市郊外?
三次郊外.png
今でも夏になると、三次市の暑い日の青空と、汗だくで飲んだ炭酸飲料を思い出します

友人は卒業後、回り道を少しした後、国鉄→JR東日本→某私鉄へ就職。残念ながら2012年病気のため他界いたしました。